現在、じつはグッチの経営権は完全に創始者一族から離れています。
その原因には数々のスキャンダルやグッチ一族内での争いがあったのです。
今回もカバンには関係ないのですが、紹介します!
グッチ社長夫人の座をねらうパトリツィア
父に愛された弟のルドルフォとやり手の兄アルド彼ら2人は確執がありながらも均等にグッチの株を持ち、それぞれのやり方でグッチを成長させて行きました。
しかし、弟のルドルフォが亡くなり、その株は息子のマウリチオ氏に渡ってしまいます。
マウリチオ氏は御曹司でおとなしい性格でしたが、妻のパトリツィアは違いました。
パトリツィアは、グッチの社長夫人の座を狙っていたのです。
と、いった感じが前回までのあらすじです。
今回の記事は前回の続きになります。前回の記事をまだ読んで無い方は是非に一度お読み下さい。
前回の記事↓
戦後、グッチは、アメリカ進出そして世界進出の成功を収めます。この成功については前回の記事でも紹介しました。さて、前回紹介したのは、発表した商品の部分でしたが、内部的にはどうなっていたのでしょうか?今日はグッチの成長の…
ついにマウリチオが社長の座に
グッチの株の50%が相続されると、パトリツィアは夫であるマウリチオをそそのかし、マウリチオの父ルドルフォの兄アルド(叔父)の息子パオロ(いとこ)から株式を買い取りついに全株式の50%以上を取得し、かつては恩人で会ったアルドを経営の座から追放したのでした。
なぜパオロを株式を手放したのか
さて、ここで少し気になるのが、なぜパオロは父を裏切って株式をマウリチオに売ってしまったのかということです。
じつはこの頃、グッチは当然ハイブランド路線を走り続けていたのです。
が、パオロは父アルドに内緒で中流階級まで顧客層を伸ばした商品を作って販売しようとしていました。
それが販売直前に父アルドにバレてしまい、このことが原因でアルドはパオロとの親子の縁を断ち永遠にパオロをグッチから追放したのです。
それをチャンスと捉えた、パトリツィアが夫マウリチオをそそのかし、マウリチオとパオロを共謀させ、パオロの父アルドを追い出すクーデターを起こしたのです。
パトリツィアはパオロがグッチ株の3.3%を持っていた事を知っていたのですね。
1984年10月創始者グッチオ・グッチの息子そしてパオロの父であるアルドはグッチの社長を解任されました。
そしてマウリチオは株主総会で社長に就任したのです。
血族の争い…結局たどり着いたのは最悪の結果
社長職を追われたアルドは2人の息子ジョルジョとロベルトに20%ずつの株を譲りました。
しかし、アルドはここで諦めたわけではありません。
1985年アルドは、「マウリチオは、秘書に父親のサインを偽造させて、GUCCIの株を相続した」と告発しました。
マウリチオの 元秘書が、証人として出廷したことでマウリチオは、窮地に立ちました。
そして管財人が選出され、裁判が終るまでマウリチオは、社長職から追放されます。
しかしまだ話は終わりません。
マウリチオを告発したアルドも1986年9月、740万ドルの脱税容疑で告発されます。
告発したのは息子のパオロだったのです。
まとめ
いやいやいや。
こんなにもぐちゃぐちゃになるのか!?と思うほどにグッチはぐちゃぐちゃになってしまったのですね。
ただここで終わるほど、グッチ家は簡単じゃないんです。
そう、このあとついにパトリツィア正体を表します。
この続きは次回紹介します!
というか全然カバンの話してない(´・ω・`)次回でこの話もう終わりです。